さりげなくニュースNo.284

「わが国のネックは隣人に友達が

 皆無という事実」

 

 アメリカの経済が到達したところは利率ゼロの経済である。それがどこに向かおうとしているのか。言えることは、株価の暴落によりアメリカに投下された外国資産が蒸発してしまうという事実である。

 アメリカが世界に必要とされている限りにあっては、イギリスやフランス、わが国のような被支配国のように、貿易収支を常に気にしなければならないということもない。

 ただ、GDP世界一という数字に目を向けるか、あるいは貿易収支の数字に目を向けるか、どちらの数字がアメリカという国の実態を表現しているのかという視点が大切になってくる。そのことが、アメリカという国が自由民主主義の守護神からますますかけ離れていくことの理解につながっていく。

 冷戦の終結とともにグローバリゼーションの波が急激に進行しだした。その経済理論として自由貿易が声高らかに叫ばれた。多国籍企業が跋扈しだしたのもこの頃だ。企業の利潤最適化の行動様式であった。しかしその弊害たるや大きくなりつつある。反対が声高らかに叫ばれだしている。企業は賃金の安い国に進出する。そのことは、賃金を競争の場に投げ出すことを意味する。その結果、世界的に安い賃金のなかでは、需要の伸びは低下することになる。世界経済の成長は阻害されていく一面を持つことになる。一方、利点としては、多国籍企業は儲かることになる。では、それらが本国アメリカにもたらす利潤とアメリカに進出した外国企業が、自国にもたらす利潤は、どちらが多いのか。アメリカに進出した外国企業のほうである。アメリカは工業生産ではトップの座をとうに他国へ譲り渡した。

 利潤の最適化を求めて海外に進出するグローバリゼーションはこのままずっと続くのか。続く可能性としては、アフリカという国々の存在である。生産にとって必要なことは読み書き、すなわち識字率である。最低の南スーダンで識字率は現在27%である。もう15年もすれば平均以上になるとみられている。海外進出しうる地はまだ残されている。

 個別企業の生き延びは、それとして、アメリカという国そのものが生き延びるためには、本質はもっと別な面にある。アメリカが世界の中心に留まるのでなければ、生産は他国、消費はアメリカというシステムを維持できない。維持するためには、国力を誇示する必要がある。どこか二流の国、イラン、イラク、北朝鮮、キューバなどと、決して解決にいたらない軍事行動の継続である。この一点からしても、アメリカは自由と民主主義を標榜しえなくなっている。むしろトラブルメーカーになりかねない。

 二流国にしても、世界はバカではない、女性の地位が向上し、出生率という数字に現れている世界平均が2.8と再生産に必要な2.1に近づいている。これは、人類の意識の向上と結びついている。

 話は変わってTPPから離脱してわが国との二国間貿易協議に舵を切ったアメリカは、かつてのようにわが国を言いくるめることができると思っているのだろうか。可能性としてはありである。隣人に友達が皆無なわが国の安全保障の問題が大きく立ちはだかっているからだ。

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